
1966年生。『AKIRA』、『魔女の宅急便』などに背景スタッフとして参加。その後、演出や脚本を手掛けるようになり、2002年に『ミニパト』で監督デビュー。初めてのTVシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』とその続編『攻殻機動隊 S.A.C.2nd GIG』が大ヒットとなる。2006年には師匠・押井守監督の『立喰師列伝』に初出演を果たし、現在はNHK-BS2で4月からスタートした『精霊の守り人』を制作中。
海外からも熱い視線が注がれる日本のアニメーション界で、気鋭の監督として注目を集めるのが、Production IG(以下、IG)で活躍する神山健治監督。IGは、『マトリックス』('99)のウォシャウスキー兄弟が影響されたという『Ghost in the shell /攻殻機動隊』('95)の制作や、クエンティン・タランティーノから映画『キル・ビル Vol.1』('03)のアニメパートを依頼された、海外でも知名度の高い制作会社だ。
『タランティーノは僕が脚本で参加した『BLOOD THE LAST VAMPIRE』('00)を観て来たんです。海外の著名な監督たちから反応があるのはうれしいですね。自分たちのやってきたことがそういう人たちにも見てもらえていたんだって。
監督となって初めて担当したTVシリーズは『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(以下、『攻殻 S.A.C』)。ビジュアルのクオリティとシナリオの完成度から、地上波での放映は深夜枠だったにもかかわらず多くのファンを獲得し、続編も作られた。現在は4月からスタートしたTVシリーズのファンタジー『精霊の守り人』を手掛けている真っ最中。そもそもアニメーションの仕事をしようと思ったきっかけはなんだったのだろう。
「昔からマンガを書くのが好きだったんです。子供のころ野球マンガが流行っていましたが、魔球よりも泥臭い人間ドラマのほうに興味がありましたね。それはいまも変わらなくて、リアリストというかドラマ主義かもしれない。そして、中学生のころに『スター・ウォーズ』に出会った。特撮の延長っていうことはわかるんだけど、どうやってあんな映像を撮るのか不思議で、何度も劇場に通いましたよ。"あれを作りたい"と思ったことをはっきりと覚えています。そのあと『機動戦士ガンダム』が始まり、アニメであれば作れるということがわかった。日本の技術ならアニメで自分の作りたいものが作れると思ったし、なにより自分に向いている気がしたんですね。」
美術スタッフとしてアニメ業界に入ったのちIGを紹介され、『Ghost in the Shell/攻殻機動隊』の監督であり、『イノセンス』('04)でカンヌ国際映画祭のコンペ部門に初めて日本のアニメーションを持ち込んだ人物、押井守監督に出会う。
「会えただけでうれしいってくらい、純粋なファンだったんですよ。その頃は演出をしていたんですが、ゲームのオープニングムービーの仕事が多くて、自分ではもっとストーリーのあるものを作りたかった。作りたいものが自然にでてきて、それを具現化するために監督になりたいって思いながら規格を作ってました。ただ、監督って自分でなる職業じゃなくて、人から「監督やらないか?」って声がかからないとできない。なかにはさっさと監督になっちゃうひともいるので、焦っていた時期もあります。経歴だけ見るとショートカットしているように思われるんですが、実は下積み長いんです。」
もはや子供の番組という認識ではくくりきれないほど多様になったアニメは、世界中の専門チャンネルが目をつけるコンテンツでもある。そういったところも意識しているのだろうか。
「作っているときはそこまで考えていませんが、いまは海外でも時差無くDVDが発売されているとか、話は聞いてます。海外に売れるので、昔に比べたらだいぶ業界にもお金が入るようになったと思いますよ。僕が20代のころは、「どうせあんまりお金はもらえないから好きに作ればいいや」っていう風潮もあったんです。そこからいい作品が生まれたりもしましたけどね。いまはいいものを作れば、ある程度対価ももらえるようになってる。アーティストだから全然気にしないひともいますけど、僕は意識するほうですね。わりと商業監督だとおもいます。」
しかし、世界での人気を受けて制作される本数はふくれ上がる一方。工程の一部を海外の下請けに出すプロダクションも増えているのが現状だ。
「アニメの制作ってクリエイティブでいい仕事だと思ってるから、国外に出しちゃうのはもったいないと思うんです。クリエイターが育っていく過程でいろいろなセクションがあるのは大事。その点、IGは一通りそろってるんです。この業界はフリーの人が多くて、僕も現在フリーなんですが、アニメ制作はひとりじゃできないチーム仕事。いまは200人くらいが関わっているので、足場は固めておかないといけない。だからIGはホームグラウンドみたいな感じですね。仕事しやすいし、育ててもらった恩もある。若い人材を育てなきゃとかも、意識せざるを得ない。そんな柄じゃないともどこかで思ってるんですけど(笑)。」
そんな大人数の制作スタッフを抱える監督の仕事は相当ハードな様子で、TVシリーズの放映がはじまると、作品にべったりでなかなか休みもとれないという。
「監督業って、座って「よしよし」って言うだけと思われがちですが、こんあこともしなきゃいけないのかってくらい用事が多い。いっぱいしゃべらなきゃいけないし。スタッフが上げてきた画を見るんですけど、相手が作品をどう理解したのかを画から読み取らなきゃいけない。描いた人間ほどではないけど、これはすごく時間がかかる。あと、一番体力使うのはひとを見ていく作業。文句を言うひとばかりが目立って、辛抱強く仕事をしてくれるスタッフに気をまわせなくなったりして。バランスが難しいなと思うしストレスになります。技術職じゃないですね監督は。」
「忙殺されてます」と笑って言うが、その言葉の端々からは、じっくりと仕事に向き合う誠実な姿勢がうかがえる。たとえば、劇場版の作品ならば枠が決まっていて、制作が終了してから公開されるが、TVシリーズはスタートしてから常に6話ほど同士進行させていかなければならないのだそうだ。
「しんどいところですね。でもそれが面白いところでもあって、この先どうなるんだろうっていうのが作り手も一緒に味わえるんです。お客さんと同じようにスタッフにも先のストーリーを知らせないで少しずつカードを切って反応を見たりしてますよ。」
物語を作るのも好きだという神山さんにオリジナル作品へ興味を問うと、
「考えては居ますが、自分で監督をやるようになってオリジナル作品のハードルの高さも見えてきた。下積みが長かったせいもあって、そこらへんは慎重です(笑)。4月からスタートしたTVシリーズ『精霊の守り人』は、いくつかある企画から原作が活字であるという理由で選ばせてもらいました。マンガ原作と違って、活字原作は世界観やキャラクターのビジュアル作りからやらなきゃいけない。ゼロから作るっていうことを一度経験しておこうと。できればストーリーも自分で開発したオリジナル作品にステップアップしたいなとは思っています。お客さんを無視した作品を作りたいっていうのも、頭の隅にはあるんですけど、どこかサービス業体質なので、やっぱり人に喜んでもらいたい。お客さんだけじゃなくて、スタッフに対してもそういう気持ちはありますね。それなのに『攻殻 S.A.C』のときは「作品が閉じてる」とか言われたりしてヘコんだりも。開いてるつもりなのに(笑)。」
自分の愛車MINIを作中にさりげなく登場させたり『攻殻 S.A.C』の続編では日産とのコラボレーションも果たし、クルマにもこだわりを感じさせるが。
「作品にMINIが登場するのは、3DCGのスタッフが僕のクルマを気に入って勝手にだしてくれたんですよ。10年乗り続けてきた車の買い換えにあたって、本当はオールドMINIに乗りたかったけど、お金も手間もかかるうえすでに生産中止。そんなときに新しいMINIが発売されたので、実車を見にいったら意外とかわいい。しかもけっこう走るので決めました。でも実際に運転してみると、前車がけっこうパワフルなターボ車だったせいもあり、走りの部分はちょっと不満で、もうちょっとどうにか!って。やっているうちに、けっこういじった車になりましたね。比較的カリカリです(笑)」
多忙な日々のなかでストレス解消になるのは、毎日の通勤でクルマのなかにいる時間。現在は遠出する時間もないというが、以前はバイクやクルマで北海道へもドライブしていたとか。神山さんにとってクルマとは?
「クルマに乗る以外にあんまり趣味もなくて…。長時間運転するのが好きで、前は仕事帰りに奥多摩までいったりしてました。ひとり延々と走ってるのが好きなんです。いまは通勤と仕事中の移動で乗るくらいですけど、そのときにけっこう創作のアイデアが浮かんだりするんです。コンビニやファミレスに停めてメモをとったりしてますよ。ひとに説明したり説得したりの作業が多いですから、ひとりになれる空間としても大切ですね。ひとりになる時間って絶対必要で、だからクルマは仕事のパートナーかもしれない。」
最後に、神山さんにとってのエッジとは?
「僕の仕事は共同作業が基本なので、カドが立っていい仕事じゃないんです。でも、脚本家たちとストーリーを練り上げる作業ひとつとっても、どこか監督である自分が決定しなきゃいけない、ファシズム発動の瞬間がいっぱいある。自分にエッジな部分があるとしたら、その我を通すときなのかな。力技一本でねじ伏せる性格じゃなくて、ロジックを駆使するタイプだから、ゴリゴリのエッジっていうよりも、小さくてサクサクな感じですね。でも、最終的にカドが取れちゃったらダメなんです。」
「乗らない日がない」と言う神山さんにとって、クルマは生活に必要な道具であると同時に、多忙ななかでリフレッシュできる空間でもある。仕事とクルマの言い関係が彼の現在を支えているのだ。
(取材:2007年)